2009年11月10日

非伝統的金融政策  


「世界中が金利引き下げ競争の局面に入った」。
こう語るのは、みずほ証券金融市場グループの高田創チーフストラテジスト。
メリルリンチ日本証券調査部の吉川雅幸チーフエコノミストは、さらに踏み込んで、FRB(米連邦準備制度理事会)や日本銀行は「すでに量的緩和政策に入った」と見る。

 量的緩和政策なるものは、いったい何なのだろうか。
量的緩和政策は、一般的には「非伝統的金融政策」と呼ばれる。


 非伝統的金融政策とは、米プリンストン大学の教授で、著名な金融学者でもあったベン・バーナンキFRB議長によれば、次の三つに集約できる。【1】将来の金融政策ないし短期金利についての予想をコントロールする
【2】特定の資産を大量に購入する
【3】中央銀行のバランスシートの規模を拡大する

の三つだ。

 そもそも金融政策をつかさどる中央銀行の役割は、物価を安定させることによって、経済を安定的に成長させることにある。
加えて、政府とともに金融システムの安定性を維持することも、大きな役割だ。

 通常なら、中央銀行は金利を操作することによって、その目的を達成しようとする。
周知のように、景気が悪くなれば金利を下げて設備投資や消費を刺激し、過熱しそうであれば金利を上げる。
金利とはおカネの値段。
需要と供給で金利が決まる。
金利を下げたい場合には、日本銀行は金融機関から短期国債など、信用力の高い債券を買い入れて資金の供給を増やし、金利を下げる。
上げたい場合は、それを売って資金を吸収する。
要は「量」を調整することで、金利をコントロールしている。

 日本の場合、金利の操作は短期金融市場、中でも金融機関同士が日々の資金繰りを調整するために、おカネの貸し借りを行うコール市場を通じて行われる。
操作の対象となるのが、オーバーナイトの無担保コールレート。
オーバーナイトとは一夜明けたら返済しなくてはいけないという意味だ。
米国の場合は、FF(フェデラルファンド)レートである。


 非伝統的金融政策とは、広い意味では、こうした通常の金融政策以外の手段をすべて含むともいえる。

非伝統的金融政策が議論された背景には、1990年代から2000年代初頭にかけて、世界中に広がったデフレ懸念がある。
デフレとは物価が持続的に下落していくことをいう。

 物価が下がると金利も下がる。
金利が下がり続けてゼロ近辺にまで下がったら、もはや金利を下げる余地がない。
そうなってしまったら、もはや金融政策は打つ手なし、マクロの経済政策としては退場となるのか、そうではなくてまだ金融を緩和する手段はあるのか――。
こうした問題意識が背景にあった。

デフレ脱却狙う政策 その効果とは?

 日本は、実際に非伝統的金融政策を実行したという点では、世界的に先駆者の地位にある。

 90年代のバブル崩壊によって、金融機関が膨大な不良債権を抱え、97年、98年には金融危機が発生する。
同時に、長期にわたる不況に陥り、消費者物価も98年から毎年下がり続けるデフレに直面した。


 この間、日本銀行が直面した課題は、大きく言って二つある。

一つは、デフレを防ぎ景気を回復させること。

二つ目は金融危機を防ぎ、金融システムの安定性を確保することだ。

そこで日銀が採用した政策が、いわゆるゼロ金利政策と、それに続く量的緩和政策である。


 99年2月に日銀政策委員会は、歴史上初のゼロ金利政策を採用。
00年8月には、いったんゼロ金利政策を解除するが、01年3月には、デフレ懸念の高まりを受け、ついに量的緩和政策に踏み込んだ。


 量的緩和政策とは、金融政策の操作目標を「金利」から「量」に切り替えるというもの。

その意味では、画期的なものであった。

具体的には、操作目標をコールレートから、日銀当座預金(日銀当預)残高に変更した。
日銀当預とは、金融機関同士の決済や預金の払い出しのために、日銀に保有している当座預金である。
法律によって、金融機関が受け入れた預金に対して、ある一定比率以上の金額を保有することが義務づけられ、準備預金とも呼ばれる。

 ゼロ金利政策の場合は、目標とする金利ゼロが達成されれば、それ以上、おカネを市場に供給することはできない。
量が目標であれば、ゼロ金利であっても、さらにおカネを供給することが可能になる。

 量的緩和政策の導入に当たって、日銀は、コア消費者物価指数(=除く生鮮食品)の前年比が安定的にゼロ%以上となるまで、この政策を継続することも宣言した。

日銀が将来についてコミットメント(約束)することで、市場の予想に働きかけ、より期間の長い中期、長期の金利まで下げる効果を狙った【1】の政策だ。
小難しく「時間軸効果」とも言われる。
おカネをジャブジャブ供給するため、資産担保証券など買い入れる資産の種類も増やした(【2】の政策)。
結果、日銀のバランスシートも膨らんだ(【3】の政策)。


 では、その効果はどうだったのか。

多くの人が認めているのが、実は金融システムを安定させる効果だ。

日銀が短期金融市場におカネをジャブジャブつぎ込んだので、資金繰り破綻を防ぐことができた


次いで、金利と為替市場への影響である。

金利については、中期、長期の金利も低いレベルで安定していた。

為替は円安を実現した。
もっとも、円・ドルに比べて、円・ユーロでは、その効果が明確でない。



 量的緩和政策の最大の目標ともいえるデフレ脱却=物価に対する効果は判然としない(下図)。

なぜなら、それは人々の予想に働きかける政策だからである。

日銀の決意と行動を見て、人々は将来インフレになると予想してモノを買いだす。
モノが売れれば物価は上がり、景気も回復し始めるという図式である。

 もちろん、日銀が目指すべきインフレ率を示す「インフレターゲティング政策」のように、もっと強くコミットメントすれば、物価も上がったはずという批判もある。
ただ、人々の予想を日銀の約束とおカネの量だけで、コントロールできるのかどうか。
決着はついていない。



矢継ぎ早に繰り出される非伝統的金融政策

 昨年9月の米リーマン・ブラザーズの経営破綻以降、世界の金融不安は金融危機に転化した。
欧米を中心に主要先進国の短期金融市場は、次に危ない金融機関はどこかと疑心暗鬼に陥り、凍りついた。
それは一般企業が資金を調達するためのコマーシャルペーパー(CP)市場や社債市場にも波及。
金利が上昇しただけでなく、新たな発行もできなくなった。
金融危機は実体経済にも及び、今や負の共鳴を起こしつつある。


欧米の政府・中央銀行がとった政策は、ある意味で非伝統的金融政策のオンパレードだ。
まず、各国の中央銀行は、金融機関の資金繰り破綻を防ぐために、貸し出しの際に取る担保の種類を拡大し、短期金融市場に無制限におカネをつぎ込んだ。

 さらに、政府は銀行の債務(大口の借入金や小口の預金など)の全額保証を表明。
そして、損失の最後のバッファーである自己資本を増強するために、公的資本の注入に踏み切った。
これによって、金融システムは何とか小康状態を保っている。

 次が、実体経済を支えるための金利引き下げ競争だ。
冒頭の高田氏は、昨年10〜11月に実施された日米欧の金利引き下げが第1ラウンド、12月が第2ラウンドで、この1〜3月にかけて第3ラウンドに入ると見る。
その狙いは景気刺激ばかりでなく、自国通貨安の演出にある。
日銀も10月と12月に金利を引き下げ、無担保コールレートの水準は0・5%から0・1%となった。

 一方、吉川氏が、日米の中央銀行が実質的に量的緩和に踏み込んでいる、と見る理由はこうだ。

日銀は10月の金利引き下げの際に、「補完当座預金制度」を導入した。

これは日銀に預けておくべき準備預金を超過した部分に、利息を付けるという制度である。
現在の利率は政策金利と同じ0・1%。つまり、コール市場の金利が0・1%を下回れば、金融機関は資金をコール市場で運用するよりも、日銀当預に預けたほうが得になるので、コールレートは0・1%が下限となる。
つまり、日銀は0・1%という金利を維持したまま、いくらでもおカネをコール市場につぎ込むことができる。
FRBも10月に、準備預金に利息を付けることを決めている。
さらに、日銀は機能不全に陥った資本市場(下図)を直接救済すべく、CPの買い入れに加え、社債買い入れの検討も始めた。
ついに、銀行保有株の買い取りも再開する。


 今後、最大の注目点が、中央銀行による長期国債の引き受けである。

FRBは1月28日の声明の中で、「信用市場の改善に特に有効なら、長期国債を買い入れる用意もある」と発表した。

バーナンキ議長は03年に行った講演で、日本のデフレ脱却の方策として「日本銀行は、望むらくは減税その他の財政刺激との明示的な連携を取って、国債の買い入れをさらに一段と増やすことを検討すべきです」(『リフレと金融政策』日本経済新聞社)と述べているのだ。

 オバマ政権は今後2年間で8250億ドルにも及ぶ景気対策を打つことを計画している。
FRBが国債を直接引き受け、輪転機を回してドルを政府に渡す。
究極の量的緩和策である。
100年に一度の経済危機に直面している今、こうした政策が非現実的とはいえない。
そのとき、世界経済にどのような効果と副作用が表れるのか。
未体験ゾーンに向けて、各国の中央銀行・政府の壮大な実験は現在進行中である。




参考♪


a_rise at 03:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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